A4劇場「帰郷」

     男がもくもくと家業の仕事をしているところへ、元クラスメートの女が来る。

女      久しぶりだね。

男      ああ。

女      何年ぶり?

男      3年・・・か。

女      どうだった?

男      何が?

女      東京・・・どこ住んでたの?

男      錦糸町。

女      どんなとこ?

男      別に・・・スカイツリーのそば。

女      へえー! へえー・・・すごいねえ。ねえ、のぼった?

男      うん。

女      誰と? ええー、一人でぇ?

男      ・・・

女      あ、ごめん。

男      ・・・いや。 お前は? 今。

女      え? 私? 私は別に・・・信金、駅前の。

男      へえ・・・ちゃんととやってんだ。偉いな。ヨシキは?

女      別れたよ、とっくに。1年も付き合わなかった。今農協。

男      そうか・・・みんな、こっちで就職してんのか。

女      うん、だいたい。ねえ、クラス会する?

男      いいよ、別に。・・・会っても話ないし。

女      何やってたの?東京で。

男      何って・・・色々。

女      ・・・彼女とか、いたの?

男      ・・・なに聞いたんだよ。

女      いや、うん・・・騙されたって。

男      騙されてねえよ! だから嫌だよ、田舎もんは噂好きで。

女      そんな言い方ないじゃん。心配してるんだよ。

男      みんな、何て言ってんだよ。

女      その・・・いいよ、いい。うん。元気出せよ。

男      うるせえな・・・元気だよ、バカ。

 

A41枚に収まるA4劇場。

今回はちょっと「北の国から」的というか……笑。

別作品の脚本のディスカッションをしてて、アイディアに影響を受けて作った作品。

なんとなく、ここからドラマが始まるといいなあ的な感じです。

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A4劇場「アメ子」

その子はまるで……猫みたいな女の子で……

雨の日で、俺がバイトから帰ってきたら、うちのマンションの階段のところにびしょ濡れで座っていた。
そりゃびっくりするよね。「どうしたんですか?」って聞いたら「鍵がない」って……

どうしようもないから、「ウチきますか?」って。いやナンパじゃないから、本当に。
俺は近所に友達住んでたから、そっちに行くからって鍵渡して、雨宿りしていいですよ、シャワーとか勝手に使ってもらっていいからって。

翌日もう帰ってるかと思ったら、まだいて、「お腹すいた」って。
はあ?って感じで。唖然としながら飯作ったら……全部食ってた。

「もっと」って。
嘘だろ……でも……美味そうに食べるんだ。
あんなに美味そうに食べる子、初めて見た。そ

れから時々訪ねてくるようになって、それが決まって雨の日で。「雨になるとお腹減るの」って。

俺、もともと料理は好きで。親父が食い物屋やってたし。
結構ガキの頃から自分で作ったりしてたから。そしたら毎回、本当に美味そうに俺の作るものを食べるんだ。

名前も言わないから勝手に「アメ子」って呼んでた。

ゲラゲラ笑いながら「単純。それでいい。なんか溶けて無くなりそうじゃない?」って。
なんだよそれ。アメ子は自分のこと聞くといなくなっちゃう、不機嫌になって。だから聞かなかった。
そのくせ、俺のことは聞きたがった。学校のこと、バイトのこと、実家のこと、付き合ってた女の子のこと。なんでも話した。

なんでだろう。

嫌な気がしなかったな。相談するとかじゃないんだ。ただ……ただ話すだけ。
アメ子は何でも興味深そうに聞いてた。ええと……何だか初めて聞いた外国の話を聞くみたいに。
ただ一生懸命聞いてた。だから俺も、ただ喋った。

話していると、不思議と色んなことが解決して行くんだ、悩んでいた事とか。決められなかった事とか。
別に彼女がなんか言うわけじゃないんだけど。俺一人っ子の割に暗くって、両親も共働きだったからあまり人に相談とかしなかったし、自分の事は自分で解決してきた。何でだろう、ほぐれていくんだ、何であんなに……

アメ子は突然いなくなった。

俺は何かまずい事を言ってしまったんだろうか。
わからないんだ。どんなに雨が降っても、ひと月過ぎてもふた月過ぎても。
最後は霧雨の夜に俺の布団に勝手に潜り込んでて、朝になったらいなくなってた。何にもしてないよ、嫌がる事は。
探してみたんだけど、結局住んでるのはどの部屋なのかわからなくて。
そもそも住んでいなかったのかも。

そもそも、いなかったのかも……なんて。

今も雨が降ると、必ず二人分、食事を作るんだ。ずっと。……ずっと待ってる。

アメ子、雨が降ると、腹が空くんだろ? 俺、話したい事があるんだよ……

※これは、A4一枚に収まる「A4劇場」
レッスン用に書き下ろしたモノローグ用の作品です。

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A4劇場「最後の正月」

ぼんやりと縁側に座って、庭を見ているA。

そこへやってくるB。

A      行くの?

B      うん。

A      仕方ないのかな・・・仕方ないか。

B      まあね、仕方ない。

A      それがいい。私(俺)はここに残るよ。

B      迷惑かけるね。

A      気にしなくていいよ。あの人は誰かいないとダメだし。

B      正月を一緒に過ごすの、最後になっちゃったね。

A      覚えてる?小さい頃凧上げ行ったこと。

B      覚えてる。お揃いの凧買ってもらってね。

A      上がらなくて。

B      自分だけ上がってずるい、交換しろって。

B      同じなのに。

A      おせち嫌いだったな。煮豆とか食べられなくて。

B      きんとんは好きだったよ。

A      独り占めして怒られて。

B      あの頃は父さんも元気だった。

A      二人並んで怒られてね。

B      そういうのってさ、ずっと続くって思ってた。

A      本当。そんなことないのに。

B      大丈夫?

A      気にしないで行きたいとこ行きなよ。

B      あのさ。子どもの頃、お父さんに買ってもらったお菓子、覚えてる?

A      え?

B      取ってあったの、こっそり食べた。ごめん。

A      はあ?忘れたよそんなの。

B      ごめん、ずっと気にしてた。

A      あ、アポロチョコだ。

B      アポロチョコ。

A      バカだね。

B      元気で。

A      そっちも。

 

※レッスン用の短い台本のA4劇場。

今回はダイアログ(会話)です。

ABは男女どちらでも、同性でも異性でも。

会話から見て取れるように兄弟設定。あとは自由に想像して下さい。

「何でもない会話」の裏で思いが交錯するようなことを想像しつつ作りました。

 

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札幌から思わぬメール!


札幌の吉田さんからメールが。

 「ときどき増澤さんのホームページを見て楽しんでいます。今回レッスン用作品を載せていたので、声を出して読んでみました。普段の生活にはない感覚を覚えて面白かったです。

いつかまたどこかの劇場でお会いしましょう。」

 そして朗読の音声データの添付が!

吉田さんは僕と同じくらいの歳の札幌の自動車ディーラー。

ふらっとWSにやってきて。「素人だけどやってもいいですか?」って。

そしたら朗々をセリフを言い始めて。その場にいた一同が絶句した人。

MAMの舞台「月ノツカイ」にも出てもらって、初めてとは思えない名演技を披露。
その後、再演にも参加。

 「吉田さんはなんで芝居をやりたいの?」

「緊張したいから。人生長く生きていると、緊張しなくなるじゃないですか」
名言です。

札幌で芝居をやると必ず観に来てくれた。

何て素敵なんだろう。

何よりのエールを頂きました。

ありがとう、吉田さん!
また、必ず板の上でお会いしましょう!

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A4劇場「桜トラック」

走るのが好きでした、子供の頃から。
俺はクラスの中で誰よりも走るのが早かった。
自慢でした、体育の時間、運動会。中学校も体育祭だけはヒーローでした。

正直、頭は悪いです。
教科書は表紙を消すのが趣味でした。知ってます?教科書の表紙って消しゴムで消せるんですよ。
表紙を消して自分で勝手なタイトルを書くんです。馬鹿ですよね。そんな子供でした。

中学ではサッカーをしていたんですけど、高校に入って陸上を始めました。
極めたかったんです。
チームでやるより、一人でとことんやってみたかった。

一人、好きです。

小さい頃、両親が離婚して、俺は親父が引き取りました。姉がいたんですけど、母が引き取って。
親父が働いている時、俺はずっと家で一人で遊んでいました。
寂しいとかはあまりなかったです。親父はいつも明るい男でしたから。
まあ、俺の親父ですから馬鹿ですけど。陸上も応援してくれていました。
競技会があると仕事休んで駆けつけるんです。
俺のフォームはきれいだって言っていました、カモシカみたいだって、何にもわかんないくせに。

だから、あんな事になって俺以上に悲しんだんじゃないかって思います。
2年で県大会のファイナリストだったんですけどね。

はじめは鈍痛というか、動きが鈍い感じがするんです。
走る時って身体のセンサーみたいなものが研ぎ澄まされるんで、ちょっとした違いに敏感なんです。「違和感」てやつです。
そしてタイムが落ちて、これは診てもらおうかと思っていたら、あっという間に膝が動かなくなりました。びっくりした。

骨肉腫ってなんか焼肉みたい名前だなって、医者の話を聞きながら思っていました。
なんか、スペアリブっぽくないですか?

大会が間近だったんで、大会だけ出て、手術しようかって話になって、まあ、記録なんかろくなもんじゃないけど、けじめって言うか。
そしたら病院の帰りに親父が「焼肉でも食うか」って。笑いました。
だけど現実って後から来るんですかね……家に帰って、風呂入って、布団入って……気がついたら部屋の中めちゃくちゃで、親父が俺のこと羽交い締めにしていました。

泣きましたね。ギャン泣きですよ。
最後は「泣くな」って殴られました。ひどい、ですね。しょうがない。

春期の予選会だったんで、桜の時期で満開でした。
親父来てるんだろうなと思ったら、母と姉がいたんです。

びっくりしました。
母は何となく顔覚えてましたけど、姉ちゃんは……恥ずかしかったですね。くそ親父何てことすんだと思いましたよ。

結果は、散々でしたね。ははは……予選からドン尻ですよ。でも走りました。400m、トラック1周。

気持ち良かった。

親父と、母と姉ちゃんと、母の声がすげえデカくて、うるさくて……桜がバカみたいに綺麗で。
本当に……あの桜は。

※これは、A4一枚に収まる「A4劇場」
レッスン用に書き下ろしたモノローグ用の作品です。

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A4劇場「夕暮れ」

私、「いい子」だったんです、ずっと。

3つ上の姉がいたんだけど、自由奔放な人で、「嫌なものは嫌!」って親とぶつかってばかりで、私は自然と……そう、なります。だから、いい子っていうのは、本当の意味で「いい」ということじゃなく……
あ、嫌いなんじゃないんですよ、姉のこと。むしろ羨ましい。自分のやりたいことを堂々と言えていいなあって。
ただ、やりたいことがコロコロ変わるんだけど、自由人だから。

だから、私が絵を始めた時に驚いたって言っていました。あんた、絶対そんなタイプじゃないって思ってたって。パパと同じ公務員になるのかと思ったって。

父は、地方公務員だったんだけど、典型的というか……私、二十歳まで門限が8時だったんですよ。二十歳ですよ。いつの時代って感じだけど、当時は逆らいませんでした。逆らえませんでした。その他も、進学とか。

絵を描き始めた時も父は大反対だったんです。「そんな、何の役にも立たない。やめなさい」って。
確かにそうだけど……ううん、違う。役には立ってました。私は、私自身には。
私は自分を外に出すことは苦手で……でも絵を描くっていうことは、これと出会った時は、なんだか救われた気持ちで、人生が、ちょっと意味があるっていうか……だから、どんなに反対されても、辞める気にはならなかったんです。
これを手放したら、死んじゃうって思った。

逆らいました、初めて。

家を出てわざと離れた九州の大学で絵を勉強して……九州は楽しかったです。

初めての個展は、横浜でした。桜木町の小さなギャラリー。
家を出てから一度も故郷には帰らずに、横浜に住んだんです、港町に住みたくて。いい街ですよ。古い路地とか坂道とか、結構味があって。
オープニングには姉と母が来てくれて、嬉しかった。
姉は「すごいね、わかんないけど」って。そんな人なんです。母は何度も小さく頷いて絵を見ていました。なぜ頷くんでしょう……

最終日の夕暮れ、ギャラリーを人に任せて食事に出て、帰ってくると、父がいました。

びっくりしました。
定年退職していたことは知っていましたけど、久し振りに見る父は、とても小さく見えて……なんだか……微動だにしないで、絵をじっと見つめて……
父が見ていたのは、横浜に来て、最初に描いた絵でした。卒業して最初に描いた……父の顔です。もっともそれが自分の顔かどうか、本人がわかったかどうかはわからないですけど。

なぜ父を描こうと思ったんでしょう。

わからない。でも一人でこの街に来て、最初に描こうと思ったのはそれでした。
横浜、モチーフになるものがたくさんあるんだけど。

夕暮れの日がさすギャラリーで、絵を見ながら佇んでいる父は、なんだか一枚の絵みたいで、とても哀しくてきれいだった。

ああ、これで完成したって思った……

※これは、A4一枚に収まる「A4劇場」
レッスン用に書き下ろしたモノローグ用の作品です。

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ボンクら、いやボクらはどうやって生きていこうかねえ……

コロナで自宅待機の日々、皆様健康に過ごされていますか?
アタシャ、遅起き⇨飯⇨買い物⇨昼寝⇨洗濯⇨夕寝⇨飯⇨酒⇨夜更かしという自堕落サイクルから抜け出すことができません。
すっかりボンクラ

さて、これが収束しても、すべてが元に戻ることはないと言われているそうです。
このだらしない性質も元に戻らないのかしら……

でも確かに世界は「コロナ前」「コロナ後」に分類されるくらい、構造やらシステムやらが変わるような気がします。

生活は?我々の仕事はどう変わるのだろう(もちろんその前に経済だけどね。かねくれええい!)……

★映像⇨元の通りの撮影再開は「ミツです!」状態になるので、難しいでしょうね。スタッフさんは最小人数で、画も1ショットが中心になったりするのかなあ……そこまで行ったらかなりの制約になるよね。でも宴会のシーンとか撮ると、やたら抗議とか来たりして社会的な制約もありそうな気がする。やだなあ。野外のシーンとかみんなマスクしてるのかなあ……

★演劇⇨こりゃ大変ですよね。客席完全にミツだから。大劇場でも1席とか2席づつ開けて再開、みたいになるのでしょうか。満席でも半分とか3分の1とか……でも「収束しました。はい、ミツ!」ってことには絶対ならないよね。それだと収益を上げることができないよね......
小劇場になったら、こりゃあ大大大変です。昔やってた「ハイ、みなさんお尻をあと2センチずつ右へずらしますよ!せぇーのっ!」みたいなことは夢のまた夢。演じ手もお客様も少数精鋭。緊張感みなぎる感じになりそうです……「小劇場文化」そのものが様相を変えなくてはならないかもしれません。「満席が罪」って矛盾だあ。

★音楽/踊り⇨これは僕は少々門外漢ですが、映像や録音で生き残りの道を探れそうですね……しかしライヴ芸術という意味ではやはり表現のフィールドが狭くならざるを得ないかもしれません。

そうなると、僕ら表現をしている側も、何かしら自分の表現の「多様性」なるものを考えなくてはならないのかもしれない、少なくともこの1.2年は。今あちこちで映像で演劇を、ZOOM演劇的なものも模索し始めていますが、演劇の持つ「空間芸術」という立体感やお客様との「繋がってるぜ!」感からはかなり遠ざかってしまいます。

なかなか、答えが出ない……

そんなわけで、今僕のできること。僕の「手持ちの武器」は何かしらと考えました。そうじゃないと頭が袋小路。
まず「演じる」こと。それからとりあえず、物語を「書く」こと。

ただ「物書き」というには語彙も表現力も貧弱すぎます。
そこで、とりあえず、僕がWSやレッスンで使う台本。これはだいたい毎回自分で書いているのですが、これを小作品として細かく発表してみようかな、と。

一つは自分を鍛えるためでもあります。人の目に触れたほうが批評性があるので。
数を書いたほうが、自分でも修行になるし。一人でも読んでもらえたら心の張りになるし。
人に語って欲しいという思いもあります。何か、時間のある時にシーンの練習にしてもらえたらと。
もしかしたら、そこからリモートな「教え」「演出」みたいなことに発展するかもしれません。
(そこまで行けばいいけど、あまり欲を張らずに)
感想など頂けると嬉しいです。

どういう形で出そうか考えていますが、一応ルールはあります。
レッスンでも使うことを想定しているので、

① A4一枚に収まるくらいの分量。
(ダイアログだと2、3分。モノローグだと、だいたい1200字以内、それでもセリフとしちゃ長いけど)

② ある程度の起伏があって、なるべく簡単な口語、会話で構成されていること。
(セリフなので。それから映像作品にもできるくらいのニュアンス。起伏はいろんな表情/音色を見せるため)

③ 演じ手にある程度想像の余地があること。
(あまりガチガチでは面白くないので、設定を自分で考えられる部分があるように。モノローグは情報量が多い分制約が出ちゃうけど)

とりあえず、次のブログで直近で書いたモノローグから地味ーに発表しようと思います。笑

写真は今日買い物で、別な道を歩いたら出会った階段。
階段道、好きなんです。
登ったところに素敵な小さなレストランがありました。
解除されたら、食べに行こう。

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「かげぜん」終演

「かげぜん」全ての公演が無事終幕致しました。

初演から10年(ウソ、マジで?笑)、やっと実現した再演です。

今回、企画・運営してくれたオフィスRENには本当に感謝。

制作者として誰よりこの作品を愛して下さいました。

この作品を書いた時に、「何年も先まで、何度でも再演できる作品」が大切なテーマの一つでした。

果たして…

 

そして今回集まったメンバーはスタッフ・キャスト共に実に多彩!

その力もあって、とても彩りの濃い作品になったと思います。

主演の太洸くん、伊織ちゃんはもちろん、全キャスト書き手の描いたキャラクターを遥かに超える人物像になりました。発見と変貌に満ちた現場、書き手としては感謝しかありません。

そして、斉藤とも子さん!

若輩者の僕の言葉にも真摯に耳を傾けて頂いて、誰よりも真面目に役に向き合っている姿、セリフ一言が心に「響く」「響かない」を突き詰めている姿に感動しました。

今回、トリプルのカーテンコールでのスタンディングオベーションでとも子さんが見せた涙を僕は忘れることができません。

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照明の大場さん、音響の高塩さん、衣裳の三原さん、美術の竹内夫妻、演出助手の竹本くん、そして音楽の奥田さん、僕にとって初めての人もお馴染みの人も、このスタッフ全員のクリエイションがなければ、この舞台は実現できなかったでしょう。

そして林海象監督!

「監督、演出やってもらえませんか?」「いいよ」「やった!」

飲んでいる時の、こんなやり取りでこの作品の演出を引き受けてくださいました。

誰よりも経験があるのに、誰よりも若い発想の監督。

たった一言で空気が変わったり、役の立ち上がり方が変わったり…

何回心の中で「へえ」を言ったかわかりません。

監督の演出はとても刺激的で、気がつくと僕の作品が「活劇」に変わっていました。感動!

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袖からのぞいている姿が可愛い(笑)。

 

今回の「かげぜん」の旅は終わりました。

ご期待頂けたら、きっとまた新しい「かげぜん」が生まれて続いていきます。

そんなふうに作品が育って行けば、何よりの喜びです。

そんな願いも込めて……

 

そして僕は今回の公演から「また新しい物語」を早く作らなくては!というテーマを貰いました。

よっしゃよっしゃ!

ご観劇、応援、そしてこの作品を愛して頂いた皆様、本当にありがとうございました!

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新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。

2020年が始まりましたね。

昨年もなんだかんだと色々お仕事させて頂きました。

いやはや、ありがたい限りです。

もう東京に住んでいる方が長いんだよなあ。

でも未だに外様のような気分が抜けないのだから不思議なものです。

  

今年はね、仕事始めがすごいのですよ。

紀伊国屋ホールです!しかもただの企画ではないのです!

なんていうかね…80~90年代の演劇出身者にとって、紀伊國屋ホールというのは「聖地」(大げさ?)

初めて紀伊國屋の板の上に立ったのは2000年。山田太一さんの俳優座への書き下ろしでした。

えれえ感動したのを覚えています。「ああ、紀伊國屋に立ってんだあ…」

それから20年後の今年1月、今度は僕の書いた作品が紀伊國屋ホールで上演されます。

「かげぜん」

感激なんてもんじゃありません。おしっこちびりそうです。

実は稽古のたびに少しづつちびりながら稽古してます。

だってすごいんだよ。

キャストの方々に台本の質問をされてもちびりながら答えています。

だってすごいメンバーなんだよ。

スタッフと打ち合わせをしててもちびっています。

ちびりまくりの感激だだ漏れです(なんか元日から綺麗じゃないなあ)。

 

それくらいのマスザワ人生の衝撃度マックスな舞台から、2020年は始まります!

増澤ノゾム、人生をかけた一作にします。

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公演公式サイト:http://www.o-ren.com/kagezen/index.html

東京公演 チケット申し込み
https://www.quartet-online.net/ticket/kagezen?m=0offccc

兵庫公演 チケット申し込み
https://www.quartet-online.net/ticket/kagezen-hyogo

 

そんな年明けから興奮状態の僕ですが、今年は5月に話題のミュージカル「NEWSIES」にも出演します。

おかげ様のありがとう様で、今年も演じる仕事ができそうです。

感謝多謝。皆様のおかげです。

本年もよろしくお願い申し上げます!

 

 

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「i-新聞記者ドキュメント-」

i-新聞記者ドキュメント-」観てきました。

東京新聞の望月記者のドキュメンタリーです。

かっこいいなあ。

ほぼ手持ちカメラの2時間。酔った(笑)三半規管やられました。

朦朧とする頭で考えたのは「ドキュメンタリーって難しいなあ」って。

「主戦場」の時も思いましたが、全てを公平に見通すって難しいなと。

今の時代、ちょいと何か言うと「お前○○側の考えなのか」→「炎上」ってことになっちゃう。

僕の業界は言わずもがな。みんな何も言わなくなっちゃった。

仕事なくなっちゃうもんね。

でも表現する仕事って、「自分が世界とどう向き合っていくのか」って軸足がないと成り立たない。

だから作る人の「心の指標」は反映されていくわけで…

 

僕はどこの思想にも権力にも、寄りたくはない。

右でも左でもリベラルでも、カテゴライズされるのは嫌だ。

でも何かしらの「真実」や「事実」は目を背けたくない。

少なくとも、表現者としてみんなが考えるための材料は提案したい。

 

「ジャーナリズム」って…

「ドキュメンタリー」って…

「表現」って…

考えても明確な答えはまだ難しい。「不自由」だ。笑

でもせめて、「個人」とか「少数」が攻撃されない世界がいいよね。

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