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台風一過

台風一過
あれだけの暴風雨が嘘のような、青空が広がっています。
今回の台風では、被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
一日も早く元の生活に戻れますよう、心よりお祈りいたします。

以前、阪神大震災の一年後に舞台公演で神戸を訪れた事があります。
オフの日に遊園地に役者仲間と遊園地へ。
ジェットコースターでカタカタと上っていくと、なんと遊園地のすぐそばが仮設住宅地でした。
その光景は忘れられません。
ジェットコースターでカタカタとやっている自分と、未だ仮設住宅での暮らしを余儀なくされている人たち・・・
なんとも言えない気持ちになりました。
地震を忘れている自分に気づいたからです。
後日、似たような思いをした事があります。
横浜の大空襲を舞台化した作品に出た時、実際空襲を体験された方々がご観劇下さって「当時を思い出しました」とアンケートに書いてくれました。
しかしその方々の味わった地獄は、とうてい僕に体現できるものではなく、たかがひと月程の稽古で表現できると、漠然と信じていた自分の浅はかさを痛感しました。
そりゃあもう、恥ずかしかった。

情報として知ることと、体験する事にはものすごく大きな隔たりがあるのです。
だからこそ、人は想像力を失ってはいけないと思う。
災害にしろ、戦争にしろ。
情報は風化するけど体験は風化しない。
僕はそんな想像力を失わない為に仕事をしているんだと・・・・

何だか考えがうまくまとまらないなあ。
すみません。
要するに、忘れちゃいけないってことですよね。
忘れっぽいカエル君は自戒を込めて、思うわけです・・・・

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コメント

こんばんは。
日記を読んで、心が痛みました。
自分はなんてちっぽけで、のんきな人間なんだろうと・・・。
恥ずかしいかぎりです。
考えさせられます・・・。

投稿: はるみ | 2007年9月 9日 (日) 23時51分

今回の内容は、結構(いろいろと)考えさせられると考えさせられるものだと思います。

私たち現代人は、『平和』というお湯に浸りすぎて『不幸』を知らないために、何の苦しみもなくただ息をして生きているという事に…、『欲』という魔力に犯されている事に気付いているのだろうか? 

みんな自分ひとりで生きているわけでもない、助け合って、思いやりをもっていかなければ62年前の不幸な出来事などが再度起きてもおかしくはないのではないかと時々思うのです。

投稿: chacosuke | 2007年9月10日 (月) 00時21分

私も、自分が恥ずかしくなる事があります。
豊かで欲しい物が手に入る時代に生まれて、それに慣れてしまって何かを忘れている気がします。
一人一人が意識すること、大事ですね。

投稿: ゆきこ | 2007年9月10日 (月) 00時38分

とても深い内容で私も幸せにのほほ〜んと生きている甘えに気づきました。
暗くなるような事を書いて申し訳ないのですが、今年の2月に祖父を4月に祖母を亡くしました。祖父は戦争で頭に銃弾が当たり破片が頭の中に残っていたそうです。 祖父の形見に戦時中に銃を持っている写真と、神風特攻隊として配給された布の袋をもらいました。終戦を迎え無事に帰ってこれたのです。 そして祖母からは一度も袖を通していない服を何着か。もったいない精神で大切にしていたと父に聞きました。
2人が生きていてくれたから私がいて…と考えると凄い事だと思ってしまいました。後世に語り継ぐためにも形見を大事にします。
長文失礼しましたm(_ _)m

投稿: ゆきりん | 2007年9月10日 (月) 00時56分

色々と考えさせられます。
私、のんきに生きている感じですね。

戦争とかも夏には、特番やドラマをやってたりするので観たり、少しは考えたりするけど、本気で思ったリしていない気がします。
戦争を体験している方々がご高齢になってきている今だからこそなおさら、現代を生きている私たちが真剣に考えて認識していかないといけないのだろうと思います。
なかなか難しい事だと思いますが・・・。

投稿: あいり | 2007年9月10日 (月) 01時48分

ニュースで見る惨劇に心が痛む一方でチャンネルを変えバラエティー番組を見る日々です。人の心の痛みを理解したいと思いながら、それは自分の都合の良い時間に思うことで…全く信憑性が無い…。考えさせられます。

投稿: まみ | 2007年9月10日 (月) 02時05分

同感です!人は忘れて1歩踏み出す人と忘れられずに1歩踏み出そうとして人がいるんですよね。自分の事は覚えてても他人の事は忘れてしまいがち・・・ムズカシイけど望さんのようにその時を演じてくれる人がいるおかげで思い出す事もあるはず。これからもそんな素晴らしい演技を私たちに伝えてくださいね♪

投稿: まゆみ | 2007年9月10日 (月) 08時58分

おはようございまっスルです。戦争でつらいなかも、一人一人が希望を捨てず、夢を描き、輝きを求めている。昔のかたの努力によって、今の平和があるのですね。
周囲の変化に目を奪われて、大事なものを見失うことなく、夢や希望を持ち続ける事が大切だと、私は思うのです。
毎日の朝起きて、ご飯を食べる、あたりまえのことが、ありがたいって思えることが大事なんだと先日、戦争の映画をみにいったばかりで、忘れない気持ちが大事なのですね。

投稿: サエコ | 2007年9月10日 (月) 09時47分

自分では体験できない事は、観る側も想像力が必要です。
「経験していない事を想像力で演じる」。現実との溝をどれだけ埋められるかですね。経験した事すら、そっくり再現するのは困難だと思います。辛い事ばかりではなく、嬉しくて楽しい事も同じですね。
今回のケログで、改めて望さんが演じる事に真っ直ぐな人だなぁと感じました。経験していない事を演じるのは、本当に難しいと思いますが、これからも望さんなりのやり方でいろんな世界をみせてください!

投稿: のゆ☆ | 2007年9月10日 (月) 11時01分

体験しない者は体験した者にはなれません。
だからこそ想像するのですよね。
その想像は想像を越えることは絶対になく、絶対に真実ではない。
どんなに真摯に想像したって、現実を知ったわけではない。
だけど、だからこそ、想像するのですよね。
想像もしないで、体験した者と語り合う事はできない…
想像なくして理解なし。そんな風に思います。
ノゾーム様。いつも素敵な文章に、機知に富んだオチ。
そんなあなたが、「まとまらない」という、そのことこそが、
真摯さの証なのだと思います。私も、足ることを知りつつ
まだ自分が知らないことだらけだと知っていたいです。
私もいろいろと考えているつもりでしたが、なんだかあらためて
襟を正しました。いつもありがとうございます。

季節の変わり目です、お体ご自愛くださいね。

投稿: トルチェ | 2007年9月10日 (月) 12時07分

何だか読んでいて、ジーンときました。
確かに増沢さんのおっしゃるとおりですね。

今ここに書きたいことはたくさんあるのになんてコメントしていいのか・・・
コメントすればするほど、自分がたいした人間じゃないのに偉そうに見えてしまいそうで・・

ごめんなさい。変な内容になってしまいました。
でもそうですよね、忘れちゃダメですよね。うん、そうだ!

投稿: ゆきの | 2007年9月10日 (月) 13時24分

ホント、想像力って大切ですね。
チャップリンも
映画『ライムライト』で自殺を図ったバレリーナに語ってますね。
「人生を恐れてはいけない、大切なのは勇気だ、想像力だ。」

戦争は自然災害ではなく人災です。
想像力があれば防げるはずですね。

空襲で空から爆撃される中を逃げる恐怖を想像したら
戦争なんてしようと思わないですね。

祖父母から東京大空襲で戦禍の中
言問い通りを逃げた話しを聞いたり
高熱で溶けたお皿も見せてもらった記憶があります。

このところの異常気象も
人間の仕業の温暖化も影響しているから
自然災害とも言い切れない部分もありますよね。

投稿: akanegusa | 2007年9月10日 (月) 18時34分

ブログを拝見し改めて、日々平和に生活が送れる環境に置かれている事を再認識し、感謝したいと思います。

投稿: マロン | 2007年9月10日 (月) 20時16分

こんばんは~(*^_^*)

今回のメッセージ…心にズシーンと来ました。
人間のアサハカさでしょうか!喉元過ぎれば…になってしまってる、
自分が恥ずかしくもあります(_ _)
私も、阪神淡路の震災時には、多少の被害を受けました。
その時は、当たり前の生活の有り難さを、どれだけ痛感した事でしょう。

それなのに、もうそんな有り難さを今、どれだけ感じてるのか?
何か事が起こらないと、立ち止まって考える事もしなくなってる気がします。。。

王子のお仕事は、そんな人々へのメッセンジャーですよね~☆彡
色んな役柄を通して、人々を感動させたり、考えさせたり…、
そして…感動を与えて下さるもの~\(^o^)/

今日は立ち止まって又、考えさせて頂きました。m(_ _)m
心が麻痺しない様にしなくては・・・・・(^_-)-☆

投稿: ハノン | 2007年9月10日 (月) 21時47分

我らが庭を耕すべし

という言葉を、昔ボーウ゛ォワールの著者で読みました。
どこまでが自分の庭かを決めるのも自分です。庭だと思えば耕せば良い。

他の国の戦争を庭と感じる時もあれば、隣りの火事を庭の外と思う時もあります。知り得た情報に対してのみ心を動かされ、すぐ近くの悲劇でも知る術がなければ悲しんであげることすら出来ません。全く不公平で不条理なものです。
しかし、人間はそうやって諸々の繋がりにより個を形成してるのだから仕方ない。

その時その時に「庭だ」と感じた所を、自分なりのやり方で地道に耕して行くしかないのだ。と私は思っています。


「演じる」だって「気にかける」だって、立派な耕しだと思いますよ。人それぞれ立っている場所はみな違うのですから。

投稿: ゆ | 2007年9月11日 (火) 01時08分

実際に体験した人でないとわからない苦しみがある。だからこそ手記、小説、映画、舞台等で触れ、感じ、考えることが大切だと思います。そして、その過程で次に起こったときにどうするべきか、または起こらないようにするにはどうしたらよいか、学んでいけばいいと思います。
それが人間なのではないのでしょうか。

投稿: えりちゃん | 2007年9月11日 (火) 20時56分

生きる権利を奪うものに対して、全人類が智慧を出し合えて対抗できたら、と願います。
増沢さんが以前ナチスの役をされたとき、増沢さんであってもなんてイヤなやつ、と思えました。(すみません・・・)
役ではあるのですが、その背景が浮かび上がり、その世界の人になって見えるのです。
舞台という小さな空間が、時を超え、大きな広がりを見せ、その中にすっぽりと入ったように感じるのです。

投稿: フォンティーヌ | 2007年9月11日 (火) 23時36分

都内が台風で、ライフラインも止まってるコトを理由に、家でのんびり出勤をわたしはしてしまいました。昼過ぎに会社に到着すると、他の従業員は、様々な交通手段を使い、会社に来ていました。因みに、会社~家までは、自転車で15分な距離なんです。自分のナマケ心とズルサを恥ずかしく思った、台風の日でした。増沢さん、こんな、私を叱って下さいっ。

投稿: ハルミ | 2007年9月11日 (火) 23時56分

夜分に失礼します
我が実家も強烈な突風で屋根瓦が数十枚飛ばされたそうです。
ですが、近所に住んでいる屋根職人の方と、これまた近くて鳶をしている親戚が1時間と経たないで直してくれたそうです。

職人は凄いですね。

自然の力は人間にはどうなもならない。

そんな中、神奈川の棒河川でカヌーで川を下っていたという60歳近くの男が4人も居たというのだから開いた口が塞がらない。

投稿: 寺院八苦曼 | 2007年9月13日 (木) 01時23分

更新楽しみにしています。

投稿: | 2007年9月13日 (木) 17時03分

私は増沢さんの日記の更新楽しみなのになぁ。
だけど増沢さん忙しいみたいだから我慢我慢。

投稿: | 2007年9月13日 (木) 22時39分

増沢さん、どうしてるのかな~?
私も更新楽しみにしています。。

投稿: えりちゃん | 2007年9月13日 (木) 22時51分

好きです。

投稿: | 2007年10月14日 (日) 09時48分

好きです

投稿: | 2007年10月17日 (水) 11時00分

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