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思い出

思い出

東京では、だいぶ「春」が抜けてきました。
木々の濃い緑が「夏」を感じさせます。

う〜ん、何というか、ブログにはあんまりネガな事は書きたくないんだけどね。
今の正直な自分てことで・・・・
北海道の知り合いが亡くなりました。
気丈に病気と戦っている方でした。
ご冥福をお祈りします。

さすがに30代後半から「死」に身近なところで出会う機会が増えました。
「生」って何なのか。
「死」って何なのか。
貧困な想像力で考えます。
いずれは自分もその足音を聞くであろう、その時の為に、どんな生き方をするのか。

ただ「生きる」と、自分らしく「生きる」の違いは何なのか。
「やるべき事」と「やりたい事」の違いは何なのか。
誰だって、「生き切りたい」もんね。

僕の大学の彫刻の先生が、やはり病気でなくなる直前、見舞いに行った僕ら生徒に「思い出は死なないね」と言った。
僕にものすごく影響を与えた先生だった。

思い出は、死なない。

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コメント

こんにちは。。
私も、三十路すぎてお別れに直面することが多くなり、同じように人生について考えたり、若い頃とちがって、ある意味人生の分岐点にさしかかってるのかなあて感じる今日この頃です。
自分の一生がどうだったかは、最期まできっとわからないんだろうなあて思いますが、自分にも人にも誠実に大事に生きることが、最期に、いや〜よかった〜て思える一番の方法なのかも知れないて、思います。

といいつつ寂しがりだから、忘れられないように、自分が死んじゃったら、たまに夢に出てみたり、幽霊になって顔だしてみようとか、つまらないことも考えたりするのですが。。

私は、今、仕事で広島来てますが、いい天気です。
腹も減ったし昼ごはんたべて頑張るぞということで、
増沢さんも美味しいもの食べて、元気になってください!

投稿: nanako | 2008年4月28日 (月) 12時15分

そうですね。親が病気とか亡くなったとかこの年齢になると耳にする事が多くなった気がします。
「生」について「死」について考えてみる。
やっぱり子供は産めて良かったなと思います。
自分の体から自分とは違う命が誕生した時(しかも最初の子は男児だったので自分とは違う性が生まれてきたことにも)非常に興奮しました。
人はこうして「生」や「死」と触れあいながら1日1日を大切に生きて行く事、自分を大切にする事を意識して行くのかも知れませんね。

投稿: noriko | 2008年4月28日 (月) 12時43分

私も三十路を境に、身近な人たちがポロポロとこの世から去っていきました。
その中でも父親が亡くなってしまったときは、夢ではないのか?
もしかしたら、これから帰ってくるのではないのか?と思っても、帰ってくる気配はなく…。
そのときは、正直どうやって生活し、生きていかなければならないのかと毎日のように悩み続けたのを思い出しました。
それから三年後の現在。普通の暮らしに落ち着きましたが、やっぱり辛く厳しい現実ばかりです。でも、きっと人間はそうやって成長していくんだろうな。そして、いつか黄泉の世界で故人たちに再会したとき『どう?あの頃よりは身も心も成長したでしょ?』といえるように日々鍛練を積んでいるのでしょうね。

投稿: chacosuke | 2008年4月28日 (月) 13時34分

「思い出は、死なない」
そうですね。
思い出す限り、死なないですね。

投稿: 貧しき鬼 | 2008年4月28日 (月) 20時23分

今日仕事中に、ぼんやり考え事をしてしまったのですが、人間っていつ人生の学びを終えるんだろ…生きている間にすべてを学んで立派になれるのか、それとも死と同時に学びが終わるのかな…と少し毎日の色んな事にしんどくなって考えてしまいました。
何が正しいなんてないかもしれないけど、学んだ事、思い出、は消えないですよね。そう、日々の色んな思い出や経験を、いつか死を迎えた時にどこかにもっていって成長してきた証を感じられたらいいな…。
私も3年前に友達を事故で無くしました。まだ19才でした。でも友達からはたくさん教わった事があり、たくさんの思い出を私にも周りに残していきました。こんなちっぽけな私でも周りに与えられる物があれば、精一杯生きて、いつかその時が来るまで、色んな経験していきたいです。

投稿: ゆきこ | 2008年4月28日 (月) 20時56分

昨年末、知人が亡くなりました。一ヶ月前まで元気だった人でした。10年前突然知人の高校教師が亡くなりました。一週間前まで一緒に飲んでた人でした。
前者は75歳、後者はまだ定年前でした。私の祖父も80歳を越えました。いつか近い将来そんな時がくるのかな。

投稿: こぐま | 2008年4月28日 (月) 21時44分

自分の命も人の命もずいぶん軽く扱われてしまっている最近の世の中がホントに悲しいです。 生きたくても生きられない人だってたくさんいるのにね。。。私も最期の時がくる瞬間までめいっぱい生きたいです!

投稿: NEKO | 2008年4月28日 (月) 22時13分

身近な人が亡くなると生きる事に対して思う事が有ります。いずれ自分も最期が来る、その時に悔いが残らないように出来るだけ生きてる限り精一杯、今を楽しみ幸せな人生だったと思えるような最期を迎えられたらいいなと思ってます。

「思い出は死なないね」いいお言葉です。
去った側、残された側、共に心(魂)の中に一生思い出は残りますものね。

投稿: マロン | 2008年4月29日 (火) 01時06分

「思い出は死なない」
私は今、亡くなった人を思い出さないように努めています。
2月に家族が自殺しました。どんな思いで自ら旅立って逝ったのかと思うと涙が止まらなくなるから。
私が生きて行くために思い出に繋がるものは仕舞いました。
何年か何十年か解りませんが、いつか思い出を懐かしめるその日まで封印してあります。

投稿: れい | 2008年4月29日 (火) 07時49分

やるべき事は、客観的。 やりたい事は、主観的。
ただ生きるは、自然体で動物的・受動的且つ社会的。
自分らしく生きるは、人工的且つ人間的。主観的・積極的。????
反射的なイメージです。軽率でしたらすみません。

折角生まれてきたのだから、
泣いたり笑ったり、ぼろぼろになっても…

一生懸命生きている方が、予想外の発見や体験があったり、、
どんな最終章であれ、
悔いは無いか少なくて、満足して素直に迎え入れられる、
そんな気がします。。。

三年前に亡くなった、父の姿でそう実感します。

さあ♪ 元気に増沢さんの歩みを力強く進めてあげて下さいネ!!


投稿: rironn | 2008年4月29日 (火) 19時16分

こんばんは~"^_^"

今回は、凄く深~いお話ですね~(_ _)
先ず、生きる事。生きてる事。生かされてる事。。。
考えれば、この世に生を受けた時から、死に向かって
歩いてる!とも言える訳ですものね~(ーー;)

人の人生はそれぞれですが、幸せな事ばかりじゃ無いし…
それでも何とか皆頑張って生きてる訳で。。。
最期を迎える瞬間はどんな状態か?は、わかりませんが、
あぁ、いい人生だったなぁ~☆彡
と思える最期でありたい!と。。。

人生を折り返したであろう?歳になって来ると、
そんな事も、少し考える様になってきましたねぇ~(>_<)

ちょっと、しみじみしてしまいました~(;一_一)

とにかく又、明日も頑張って生きましょう~(^▽^)v

投稿: ハノン | 2008年4月29日 (火) 20時15分

思い出は死なない。
すすきのの駅前通を歩くと、M先生の作品を見つけます。
作品だけでなく、彼がのこしたものは増沢さんや多くの教え子の中に確かに残って生きているのでしょうね。


投稿: スキッピィ | 2008年4月29日 (火) 20時20分

思い出は死なない・・・
亡くなった方を思い出し、時には笑い、時には涙し。
でも、どんな時でも私たちは大丈夫!元気だよと言ってあげたいですね

望さんも北の空を見上げた時は
ふと思い出してみてください。
そして、元気でやってるよと・・・

投稿: まゆみ | 2008年4月29日 (火) 20時48分

高校生の時、講演会で、水上勉さんが「“生きる”ということは、人の死を見ていくことだ。」っていう話をしていましたが、当時はピンと来ませんでした。
でも、今は何となく分かります。
人生、いろんな悲しみを乗り越えていかなくちゃならないんですよね。

亡くなった方への一番の供養は、その人の事を忘れないでいてあげることだそうですよ。

ちなみに、息子と彼女の2ショットプリクラにも書いてありました。
「思い出って一生の宝物」って(*_*)

投稿: みどり | 2008年4月29日 (火) 21時49分

はい。わたしも、生ききりたいです。
不謹慎かもしれないけれど、死んだ直後に「あー、わたしの人生は終わりか!でも、なんにも悔いはないよ!」て天国(行けるかなぁ…?)で大笑いできるように。
夏に病気をして、でも今は増沢さんのOGにワハハと笑えるくらい元気になれたので。
毎日を大切にしたいです。

投稿: aco | 2008年4月29日 (火) 22時13分

「生」「死」・・・
年を重ねるにつれて少しずつ考えるようになってはきましたが・・・
う~ん・・・。
私自身、しっかりと考えられていない気がします。。。

そうですね、ただなんとなく過ごしてしまいがちですが、一日一日を大切に生きていかなくてはですね。
悔いなく生き切れたと思いたいですもんね。

お辛いところの心情を正直に書いてくれて、「俳優 増沢望」ではなく「増沢望」という人をまた少し知る事が出来た気がします。。。

ノゾムさんも、みなさんも、自分もファイト~で!!

投稿: あいり | 2008年4月30日 (水) 01時05分

こんにちは。
はじめて、コメントします。

先日、私の父親がわりだった人も他界しました。

仕事上、人の死に関わることが多く、
自分は、慣れてしまったと思っていましたが、
こんなに涙が出るのかっていうくらい、泣きました。

今、
心にぽっかり穴が空いたような感じです。

彼が残した、
『幸せになりなさい』
という言葉を胸に、
頑張っていこうと思います。

投稿: りさ | 2008年5月 1日 (木) 02時29分

お疲れさまです☆彡
こういった時の声のかけかたがわからないんですが… 私は、お葬式が一回しか経験がなく、いまだに(8年目)実家に行くと、お義母さんが「あら!いらっしゃい(^O^)」なんて言ってくれそうな気がします。
心身共に健康で元気な望サンになってくださいね。
応援してますo(^-^)o

投稿: medai | 2008年5月 1日 (木) 22時37分

「思い出は死なない。」私もそう思います。
宗教的な書き方はしたくないのですが神さまから派遣され
神さまの身もとに帰っていくような気がします。
私も死ぬのが怖いと思っていましたが人間いつか死ぬとき
がきます。私は神さまにすべてをゆだねちゃいました。^^;

投稿: ひとちゃん | 2008年5月 2日 (金) 17時48分

遅ればせながらコメントさせて頂きます。
『思い出は死なない』
私にとっても心に響く言葉です。


私は1年前に親友を亡くしました。桜が満開の時でした。
春の訪れは待ち遠しく思うもの。でも今年の桜はちょっぴりせつなく見えました。


当時、仲間の1人がこんな事を言いました。『自分達は彼がこの世に生きていた証だ』と。だから精一杯生きていかなければいけない、と。
その言葉で私は、顔を上げ前を向く勇気が出ました。まさに『思い出は死なない』事に、気付けた瞬間だったと思います。


亡くなった親友は、私の中にずっと生き続けていくでしょう。彼に恥ずかしくないように、私も力強く生ききりたいと思います。

投稿: なお | 2008年5月 9日 (金) 00時04分

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