A4劇場「アメ子」
その子はまるで……猫みたいな女の子で……
雨の日で、俺がバイトから帰ってきたら、うちのマンションの階段のところにびしょ濡れで座っていた。
そりゃびっくりするよね。「どうしたんですか?」って聞いたら「鍵がない」って……
どうしようもないから、「ウチきますか?」って。いやナンパじゃないから、本当に。
俺は近所に友達住んでたから、そっちに行くからって鍵渡して、雨宿りしていいですよ、シャワーとか勝手に使ってもらっていいからって。
翌日もう帰ってるかと思ったら、まだいて、「お腹すいた」って。
はあ?って感じで。唖然としながら飯作ったら……全部食ってた。
「もっと」って。
嘘だろ……でも……美味そうに食べるんだ。
あんなに美味そうに食べる子、初めて見た。そ
れから時々訪ねてくるようになって、それが決まって雨の日で。「雨になるとお腹減るの」って。
俺、もともと料理は好きで。親父が食い物屋やってたし。
結構ガキの頃から自分で作ったりしてたから。そしたら毎回、本当に美味そうに俺の作るものを食べるんだ。
名前も言わないから勝手に「アメ子」って呼んでた。
ゲラゲラ笑いながら「単純。それでいい。なんか溶けて無くなりそうじゃない?」って。
なんだよそれ。アメ子は自分のこと聞くといなくなっちゃう、不機嫌になって。だから聞かなかった。
そのくせ、俺のことは聞きたがった。学校のこと、バイトのこと、実家のこと、付き合ってた女の子のこと。なんでも話した。
なんでだろう。
嫌な気がしなかったな。相談するとかじゃないんだ。ただ……ただ話すだけ。
アメ子は何でも興味深そうに聞いてた。ええと……何だか初めて聞いた外国の話を聞くみたいに。
ただ一生懸命聞いてた。だから俺も、ただ喋った。
話していると、不思議と色んなことが解決して行くんだ、悩んでいた事とか。決められなかった事とか。
別に彼女がなんか言うわけじゃないんだけど。俺一人っ子の割に暗くって、両親も共働きだったからあまり人に相談とかしなかったし、自分の事は自分で解決してきた。何でだろう、ほぐれていくんだ、何であんなに……
アメ子は突然いなくなった。
俺は何かまずい事を言ってしまったんだろうか。
わからないんだ。どんなに雨が降っても、ひと月過ぎてもふた月過ぎても。
最後は霧雨の夜に俺の布団に勝手に潜り込んでて、朝になったらいなくなってた。何にもしてないよ、嫌がる事は。
探してみたんだけど、結局住んでるのはどの部屋なのかわからなくて。
そもそも住んでいなかったのかも。
そもそも、いなかったのかも……なんて。
今も雨が降ると、必ず二人分、食事を作るんだ。ずっと。……ずっと待ってる。
アメ子、雨が降ると、腹が空くんだろ? 俺、話したい事があるんだよ……
※これは、A4一枚に収まる「A4劇場」
レッスン用に書き下ろしたモノローグ用の作品です。
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